2007年5月30日水曜日

「ランボー」映画と小説 First Blood

デビッド・マレル「一人だけの軍隊」


最近、映画「ランボー」の原作小説「一人だけの軍隊」("FIRST BLOOD" David Morrell 1972年)を読みました。
デビッド・マレルの小説は、ずっと以前に「トーテム」を読んで、それがけっこう衝撃だった。
だから古本屋で「一人だけの軍隊」をみつけた時に買っておいたのです。
でもそれは何年も前で、ずっと読まないでいたのを先日やっと開いてみた。
表紙の写真を撮ったのがきっかけかな。

生理的な不安や恐怖をあおる、デビッド・マレル節がねっとり。
アクション小説と言うより、マンハントと異常心理を題材にしたスリラー小説ですね。

特異な小説なのは確か。
映画がなければもっと心に食い込んでいたかも知れない。
小説の最後にランボーの脳と意識がショットガンで飛び散るのだが、そこに美しさやカタルシスをもっと感じてもよさそうなのに、そうでもない。
これはなぜか。
映画のランボーは小説と違って死なないから、ではない。

映画と小説の違い

映画を何度も見ているせいもあるだろうけど、小説のランボーよりもスタローン演じるランボーの方が鮮烈なのだ。
映画と小説では大きな違いも小さな違いも多々ある。

場所の違い。
小説ではアメリカ中南部のケンタッキー州なのだが、映画は北西部のワシントン州が舞台になっている。
「ポートランドは南だ」という台詞があるから、ワシントン州でしょう。
どういう理由で舞台が北西部になったのかわからない。
カナダでロケするから、環境の似ている所に設定しようと思ったのか。
あるいはアメリカ人にとって、ケンタッキー州はのどかな田舎のイメージが強いけど、ワシントン州やオレゴン州は、凍てつく険しい山々のイメージがあって、それが映画製作者の狙いになっているのか。
そうなのだろう。小説でも"自然の猛威"でランボーやティーズルはさんざん苦労するが、舞台を北部にしたこの映画でも、そのロケ地のおかげで小説にはなかったあの"空気の冷たさ"がじっとりと感じられる。

小説ではページを多く割いているが、映画ではあっさり短く描かれている、あるいは描かれていない部分が多い。
でも普通、小説を映画化するとそんなもんだし、何度も見てるせいか、映画ならこいれくらい、はしょってもいいよな、と思う。
小説のティーズルとオーヴァルの親密な関係は、むしろありきたりで、ティーズルの復讐心を燃やすため、ぐらいに思えてしまう。
小説だけにある、ランボーがライフルを手に入れるシーンは、まさにタナボタだし。
もっとも、映画でも、ヘリコプターに石を投げて風防ガラスを割る、という荒技やってますけどね。

小説でじっくり描かれている"マンハント"の部分が、映画ではあっさりしている。
小説では2日ほどかかってるのだけれど、映画ではその日のうちにティーズルは追いつめられる。
マンハントをじっくり描いてしまうと、異常心理の映画になってしまうのだが、映画製作者たちはそれを避けてアクション映画にしたかったのだろう。

映画と小説の一番の違いは、ランボーが違う事だ。
殺人マシンとして訓練受け、ベトナムで捕虜になり虐待、脱走。
小説のランボーは、「あれだけの体験をした自分は、理由もなく人を殺してもいい、それくらいの権利はある」と思い、殺す。
舞台となる町に来る前に、どうやら一人か二人、追いはぎを殺している。
映画では、町に来る前、以前の戦友を訪ねて、それが死んでいた事を知り、さみしく道を歩く。
この違いで「これから始まるこの映画は、原作小説とは別モノだ」と宣言している。
小説のランボーだって、狂信的に殺しているのではなく、もう人を殺したくない、と思っている。

「ブラック・サンデー」のマイクル・ランダーも、ベトナムで心が病んで、大勢の人を殺す衝動を持つ。
それくらいやって当然だと思い、良心の呵責もないのだが、ランボーは違う。
殺したくないと思いつつ、ある程度追いつめられると、逃げるよりも殺すを選択する。
小説のランボーは殺しの瞬間、暴力の瞬間に充実感を得る。
それを否定して逃げたい気持ちと、その欲望に逆らえない気持ちとがせめぎあって、だんだんと暴力が勝っていく。
マイクル・ランダーが、社会復帰して立派に仕事をこなし、他人とも正常にコミュニケーションとれるように見えるのに対し、
ランボーは仕事もできず、コミュニケーションもうまくない。
ランボーよりもマイクル・ランダーの方が病理が深いのだが、ランボーは殺人と生存の高度な訓練を受けているので、悲劇が起こる。

小説と映画のランボーを比較すると、映画の方がコミュニケーション能力が低いようだ。
そのぶん、心を蝕む殺しの衝動が少ないのか、映画のランボーはできるだけ人を殺さないようにしている。
相手を生かしておいた事で、自分がのちのち不利になるとわかっていても殺さない。小説のランボーだったらありえない事だ。
映画ではランボーを偶然発見したアマチュア捜索隊の少年を、殺さないで解放する。
が、小説では同じ状況で殺している。もっとも小説では相手が少年じゃなかったけど。

小説のランボーは、考えている事を文字が説明してくれる。心理状態を描く小説だから当たり前なのだが、映画のランボーは違う。ほぼ何の説明もない。何を考えているのかわからないし、なぜやっているのかは映画を見ている方が考えるしかない。
スタローンの寡黙さが、説明文でびっしりの小説との一番の違いだ。
映画では説明がないだけに、ランボーが戦うにあたって、どんな葛藤をもっているのか分からない。
それよりも生存本能や訓練による条件反射で動いているように見える。
スタローンのギョロっとした眼が、葛藤も何もない、状況に反応しているだけ、ただ生き延びているだけに見える。
ランボーのキャラクターとしては、小説よりもこちらの方がインパクトがある。
小説のランボーは考えて行動するのだが、映画のランボーは行動の準備として行動し、行動の継続として行動する。
そうしてアクションシーンが生成される。だから黙って行動するスタローンが印象に残る。
小説でいくらランボーの脳細胞が飛び散っても、映画のランボーのイメージは崩れない。

小説のランボーは後半、ダイナマイトを使って町を破壊する。
映画のランボーはM60を使う。これはいい。
ダイナマイトはアクション映画的に使い古されてるし、ベルト弾倉をジャラジャラさせて夜の町を横切るランボーはダイナマイトより過激だ。

ティーズルについて。
ティーズルのランボーへのこだわりは、映画よりも小説の方がずっと強い。
これは映画でももう少し掘り下げて欲しかった。
演じる俳優はブライアン・デネヒー。「F/X」「建築家の腹」
ちょっとした逸材なだけに、なにかもったいない気がする。
異常心理の映画ではなく、行動によって描くアクション映画だからこうなってしまうのか。
映画のティーズルの台詞だけでも、充分ランボーにこだわってるのは分かるのだが、アクション映画で敵にこだわるのは当たり前なのだ。

映画「ランボー」

映画が成功した要因をいくつか。
スタローン演じるランボー。
寡黙なマシーンなのだが、一方で、スタローンが演じることで、マシーンだけではない何かがある、と思いたくなる。
人を殺さないのも、それくらいの余裕を計算しているからだ、と思えてしまう。

音楽ジェリー・ゴールドスミス。
僕が十代の頃に一番聴いたレコードがこの「ランボー」のサントラなのです。
だから、今でもかなり思い込みがあるのだけれど、今回DVDで「ランボー」を再見してまた感じ入ってしまった。
鳴ってる音楽もいいが、音楽を入れるタイミングが絶妙。
音楽を入れる演出と、音楽のない演出が鮮やかだ。

撮影監督アンドリュー・ラズロ。
ハンガリー出身。
「ウォリアーズ」「ブラボー小隊 恐怖の脱出」「ストリート・オブ・ファイヤー」「レモ/第一の挑戦」
かなりのベテランらしいから、おそらくもう亡くなってるだろうと思っていたら、2006年にドキュメンタリーに出演してます。
http://us.imdb.com/name/nm0489970/#cameraX20andX20electricalX20department
映画「ランボー」の森の中の自然な暗さ!これは凄い。
こんな映像、なかなかないですよ。それもこんな長時間。
この映像があの、寒さ、過酷さの表現に大きく貢献している。

小説の方が生々しくてショッキングなのだけれど、映像と音楽と俳優とによって、小説とはまったく別の、独特の魅力、独特の過激さをもった映画になった。


余談
僕が昔読んだデビッド・マレルの「トーテム」はあちこちカットされてたようです。
最近、ノーカット翻訳版を本屋で見かけました。
気になるなあ。

8 件のコメント:

kyao さんのコメント...

なんか我慢できなくなって久しぶりにランボー見ました
小説はまだ読んでないのですが。

今まで音楽を意識してランボーを見たこと無かったんですが、オープニングの最初のギターですでに引き込まれました
何回も聞いてしまいました

ヨッシーさんの「音楽のない演出が鮮やかだ。」というのがどの部分を指しているかは分かりませんが、私はクライマックスでそう思いました。

ランボーがトラウトマン大佐にベトナムの話をするシーンはBGMがありません

実は初めて映画館で見た時「少しBGMがあったほうが・・」と思ったんですが、あまかったです。
無くて正解ですね

美しいBGMで始まり、ひたすら寡黙なスタローン。

最後、全ての銃声と音楽がやんだ後に一気に心情をとろするスタローン

これが2以降と決定的に違うのかもしれません

名作だと思います

吉長 さんのコメント...

我慢はよくないですからね〜。

オープニングのギターいいですよね。
戦友デルモア・ベリーの妹(?)をくどく見せないのもいい。
同じように、ランボーがトラウトマンに話すシーン、トラウトマンの顔が影になってよく見えないのがいいですよね。
そうそうできない演出だと思います。

ベリーの家を後にして、道を歩いててトラックに追い越されるシーンがとてもいいです。
あれで自分がいかにこの映画が好きか、というのを自覚しました。

僕の言う「音楽のない演出」は映画全般、アクションシーン全般です。
音楽のないアクションから、音楽のあるアクションへと、そのスイッチぶりに感嘆したのです。

kyao さんのコメント...

本日21:00~22:54 テレビ東京
木曜洋画劇場2000回記念「ランボー」(HDリマスター版)
です

見よっと♪

ヨシナガ さんのコメント...

これですね!
http://www.tv-tokyo.co.jp/youga2000/lu_fb.html
うち、テレビ放送を見られないのですが、HDリマスターは気になりますなあ。
今売ってるDVDは従来マスター品だろうから。

見るだけじゃなく、デイスク保存をお薦めします。
吹き替えもあるし。
僕が80年代に見たテレビ放送版の吹き替えはひどかった。
(木曜洋画劇場じゃないよ。どこだか忘れたけど)

kyao さんのコメント...

今見てます♪

>見るだけじゃなく、デイスク保存をお薦めします

んんむ、ビデオしかない・・
HDリマスター版関係無いじゃんオレ!!

>僕が80年代に見たテレビ放送版の吹き替えはひどかった。

私、最初に見たテレビ版の吹き替えが大好きで、以降それを待ってます。誰か忘れちゃったんですが。渡辺謙バージョンじゃ無いのは確か。今日の佐々木功だったかもしれないので期待してます。
最後の「駐車場係りの仕事も・・!!」の叫び方にこだわってます

ヨシナガ さんのコメント...

コマーシャル中に書き込みですな。

>HDリマスター版関係無いじゃんオレ!!

いやいや、多いに関係ありますよ。
眼に焼き付けておきましょう!
画像の質感が違うはず!

kyao さんのコメント...

佐々木功イイッ
「駐車係りの仕事すら・・」イイッ!!

これが一番好きだった吹き替えかもしれません

ヨシナガ さんのコメント...

ですか〜。

最初にテレビで放送された時はワイド画面じゃなくて、
たとえばランボーが崖にしがみついてるところをヘリコプターから狙い撃ちされるシーンは、
本来、あせるランボーとヘリコプターがひとつの画面に入っていたのに、
4対3の画面だからランボーとヘリコプターが両方入らないので、別々に見せていたのですよね。
よくある事って言えばよくある事なんですけど、そういうのもいちいち気に入らなかった。。