2007年12月30日日曜日

映画と小説「メグレ警視 殺人鬼に罠をかけろ」maigret tend un piège

「パリ連続殺人事件」
Maigret tend un piège
1958年フランス映画
監督 ジャン・ドラノワ
同年日本公開
1980年代後半に同名タイトルでリバイバル上映されましたが、現在DVDで発売されているタイトルは
「ジャン・ギャバン主演 メグレ警視 殺人鬼に罠をかけろ」になってます。


僕はリバイバル上映の時に映画館で見てるのですが、見たという事実とジャン・ギャバンという役者がメグレという有名な警官を演じたという事しか覚えてなかった。
で、そのまま年月が過ぎ去って、数年前に「現金に手を出すな」(1954年)を見てからジャン・ギャバンがマイブームになったのです。
更に、1年ほど前からジョルジュ・シムノンの小説、メグレ警視シリーズにもどっぷりハマってしまった。
こりゃあ映画のギャバン=メグレを見るしかねえぞ!

最初に読んだメグレ小説は「メグレと首なし死体」です。
他殺体が発見されて捜査開始直後、メグレが偶然なんとなく入った居酒屋が気になって、じっと観察していたらそこの主人が犯人だったという、ええ!?そんな推理小説あるの?しかしこれが面白かった。
極端に言うと、被害者と加害者と探偵しかいない、そんなミステリー小説がメグレシリーズで、いやそれは本当に極端だけれど、ミステリーの謎は誰が殺したかではなくて、なぜ殺したかになってくる。それでも心理小説というよりミステリーと呼びたい。死にまつわる謎、被害者にまつわる謎に引きつけられるように取り組むメグレの姿勢は興味深く、小説として面白く読みやすい。
僕は読むのが早い方ではないのだけれど、メグレシリーズはだいたい数時間で1冊読んでしまう。長編にしては長くないという事もあるけれど、それくらい読みやすいからでもあるのです。
で、この1年で30冊ほど読んだけれど、どれもこれも面白い。
図書館で借りて読んだのがほとんどです。

読んでいてメグレとしてイメージされるのはもう、ジャン・ギャバンしかないです。しか出てこないです。
以前に映画を見たからだとか、ジャン・ギャバンのファンだからというだけではない、何かがありますよきっと。

写真:ジャン・ギャバン
(映画の場面ではない、ジャン・ギャバンのポートレート写真です)

残念なことに、本屋で売ってないのですね。現在ふつうに刊行されてるメグレものは、早川から数冊と、河出書房から数冊と、東京創元社から1冊と、偕成社から短編集が3冊、だけみたいです。
1980年頃に河出書房から新書サイズで50冊ぐらい出てたんだけれど、みな絶版になってます。そのうち10作品が最近文庫になってたんだけど、なんだかじわじわと在庫切れになってるみたいです。いや、今さっき河出書房のサイトで検索したら、すべて「品切れ・重版未定」になってました。むう。
河出書房の新書シリーズは今はもっぱら、図書館にあるのです。
どれかの解説にあったけれど、メグレものはブームになるサイクルがあるって話なんだけど、もう20年ぐらい下火のままですねえ。困ったものだ。こんなに面白いのに。

「殺人鬼に罠をかけろ」の原作は「メグレ罠を張る」で早川書房から刊行されています。

と思ったらあれ?アマゾンでは古本しか売ってないみたい。これも絶版なのかな。

これも容疑者が一人で(正確には違うけど)、犯人は誰かというよりもどんな人間なのかという、純メグレな小説。
そのまま映画にしてしまっては60分もない、と思ったせいか、小説にはない殺人シーンなどが加わっています。
小説は三人称とは言え、メグレの行動や視点にそって描かれているので、殺人シーンなどあるわけもない。
まあ映画と小説は別モノだから改変したっていいんだけれど、メグレの視点だからでこそ犯人の環境や内面に迫るメグレの手法が生きるわけで、だからでこそ容疑者が一人でも面白いミステリーになるのですね。
そのへんのうまさ、くっきりさ、内面への執拗さが欠けていて、映画はいまひとつな印象です。

そうは言っても映画ならではの、目で見る部分は大きな魅力ですね。
実際にパリの路地裏や古い建物、当時のモダンな集合住宅などが見られる。
それまで小説で読むだけだった風景、モノ、人物が映像になってるのは感じ入りますね。
ほほう、これがパリの街中にある警察直通非常電話か〜。
ほほう、これがビヤホールドフィーヌのサンドイッチか〜。
なんかメグレ夫人はイメージと違う〜。
シリーズのファンとしては興味深いです。

そしてやはり、メグレに血肉を与えたジャン・ギャバンがいい!
もう頭の中はギャバン=メグレ、ギャバン=メグレ、ギャバン=メグレ、ですよ。
尋問シーンは小説に負けない迫力。小説「メグレ罠を張る」のメグレの尋問もいつになく饒舌だけれど、映画のジャン・ギャバンも凄い。
硬軟とりまぜて繰り出される喋り、パフォーマンスで相手をじわしわ追いつめる。
残念な事に、それを受け止める犯人役の俳優が普通の役者で、脚本に書いてあることを頑張って演じているだけなのですね。
犯人の母親と妻役の二人の女優もまたいい演技をして、キャラクターをリアルに表現して存在感がある。
それだけに肝心の犯人に鮮やかさがないと、その難点が目立ってしまう。もったいない。
映画ならではの設定の改変もわからないではない。脚本としてはありかも知れないが、犯人役が弱いのがいけませんね。
役者によっては脚本以上の映画になる、異常心理をじわりと感じさせてくれる映画になる可能性もあったのだが。

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