2008年6月30日月曜日

映画「ランボー 最後の戦場」rambo

於TOHOシネマズ西新井

うんまあ、いいんじゃないですか。わりと面白かったですよ。

「ランボー 最後の戦場」
rambo
2008年 アメリカ映画
監督シルベスター・スタローン

もともと1作目は好きだけれど、その後はどんどんダメになって、だから20年ぶりのシリーズ新作でも期待できるはずがなくて、特にスタローンが監督するとあっては「ロッキー・ザ・ファイナル」のランボー版になることは充分予測できて、いや「ロッキー・ザ・ファイナル」もいい映画だけれどあれはアメリカのメロドラマだから、そのままランボーになっても何かが違う…。

とまあ、期待しないで見たせいか、むしろぐっと楽しんでアクションを見れた気がします。
大なり小なりツッコミはあるけれど、スタローン映画としては充分許容範囲内だし、そもそもオレはスタローンのファンなのだ。

残虐シーンについて、ちまたでは過激だとかリアルだとか正視に耐えないとか評されてますが、僕はそんなには感じなかったですね。
それ以前のミャンマーの人たち、村人にしろ国軍にしろ彼らの描き方にリアルさを感じなかったので、映画全体がツクリモノ、だからあの肉片も特殊効果、と、見たとたんにそう思ってしまう。
村人の生活感が感じられない。これは役者やエキストラに何かをやってもらえば済むことではなくて、何をどう描くか、というスタイルと視点の問題なのだけれど、"どのようにドラマを撮るか"という発想がいかにもハリウッドらしい描きなれた方法しか浮かばないようで、それはスタローンなんだから仕方がないというか当たり前なのですね。
残虐なアクションシーンも見ていて「うほほほ、やりおるわい」とか思ってしまう。
普通のアクション映画の撃たれ役や特殊効果の延長に感じられるのです。
その意味では「リアル志向を装ったアクションでも純粋に楽しめる」という発見があったわけで、これはちょっとした収穫と言えるかも知れない。
同じような描写でも「プライベート・ライアン」と、こんなにも印象が違うんだねえ。
「プライベート・ライアン」はえらいショッキングだったけど。
西洋で西洋人が体験した事を西洋人が描いてるから、こまごまとしたところからリアルに感じたのでしょう。

「7人のマッハ!!!!!!!」(このブログ2007.6.7.の記述)というタイ映画がありましたが、あっちは手作りSFXなれど、やはりやや残虐なアクションシーンがありました。
で、それは見ていて気持ちいいものではなかった、どちらかというと拒絶したくなるようなもので、この違いは、やはりリアリティ、映画の中の人物が人間として生きているように感じられるリアリティ(あるいはそう思いたくなる映画自体の"可愛いさ"?)だと思うのです。

でもそんなリアリティがないからダメだ、という訳でもない。
むしろちょい壮絶な戦争ゲーム映画として、とても楽しめるのですから。

ツッコミをひとつ。
最後にカレン族ゲリラの蜂起があるけれど、そんな加勢なんかなくてもランボーひとりで敵を殲滅できそうな勢いだったのでは。
いやこれは「現地人との協同作戦による勝利」を描きたかったのだろうけれど、あれほど国軍の被害が大きいと、その後の弾圧もまたいっそうひどいだろうから、おそらくゲリラ作戦というのはもっと長期的にバランスを考えながらやるだろうと思うのですね。
完全な勝利が間近でもなく、と言ってランボーは現地に残ってカレン族と一緒にゲリラ活動を続けるでもなく、
だからあんなふうに、わ〜っとみんなが戦いに参加して、とりあえず勝って、それで終わりでランボーはアメリカに帰ってしまうなんて、
イラク戦争・対テロ戦争の根底にある思想「悪いやつを倒せばあとはなんとかなるだろう」を多くのアメリカ人がぼんやり共有している事を、まざまざ感じさせられてしまった。
今さらスタローンの映画に何言ってるんだ、と思われましょうが。

でもラストの帰郷のシーンも、これはこれでとてもいいシーンでした。1作目と似たような服装なのが感慨ものです。

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